永遠の0を見た

 今日も3月を思わすほどの好天だった。母ちゃんと御坊のジストシネマで「永遠の0」を見た。百田尚樹の原作は読んでいたが、予想以上のできばえだった。ストーリーも台詞もほぼ原作どおりだった。
 主役の宮部久蔵が生まれたのは大正時代、親父の年齢と重なる。あの時代の体制の中で愛する妻子のために「必ず生きて帰る」と公言した宮部は零戦の操縦士として卓抜した腕を持ちながらも「逃げてばかりの臆病者」「軍人の風上におけない」人物と評価される。
 今、われわれは知識として当時の軍部の暴走とその結果としての悲劇を前提で映画を見ている。従って「宮部は正しかった」と思えるのだが当時は異端者だった。その中で彼は苦しみぬいて最後には己に偽って特攻に出た。学徒動員で徴集された教え子達が次々と特攻で散っていく、その苦悩に耐え切れなかったのだ。
 「今の若い人たち」がストーリーに絡む。合コンで「特攻って洗脳された人たちの自爆テロでしょ」と語る仲間に久蔵の孫の佐伯健太郎が「それは違う」と怒って席を立って帰ってしまう。ぜひ、今の若い人たちに見てもらいたい映画だ。