煙樹ヶ浜

 ぽかぽか陽気だったのでナナと車で煙樹ヶ浜に出かけた。いつものように広々とした視界に投げ釣りの竿の放列があった。久しぶりのナナは喜んでリードを引っ張って私を海岸線まで連れて行った。春の海がのたりのたりと波を打ち寄せていた。この浜の石はことごとく丸い。何万年もの悠久の潮の満ち引きが大きな岩を砕き、角を削って徐々に丸くしたものであろう。
 この浜と道路の間に遊歩道があって、御坊市に住んでいた当時81歳の叔父がここで息を引き取った。日課の散歩の途中で休もうと階段に腰掛けたあと、そのまま後ろに倒れたとのことだった。死因は心筋梗塞だった。彼もまた戦争経験者で、製材所の経営で二人の子供たちを育てた老後は、妻を早くに亡くしながらも、その巧みな話術で愛されて老人大学の講師として菊作りを教えていた。葬儀の後、参拝した叔父、叔母たちをここに連れてきて「おそらく彼が最後に見たであろう景色だ」と紹介した。叔母たちは「たいていの人は最後に見る景色は病室の天井だろうに、ほんま、ええとこで亡くなりはったなあ」と感激していた。あれから4度目の3月を迎える。